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マスターの小噺。 / 収蔵区分へ
ARCHIVE NO. KN.001RECORDED DATE / 2026.09.16

マスターは何を飲む?

カウンターで、ときどき聞かれること。普段の一杯と、舌を整えておくという仕事の話。

AquaBar Linden · BEYOND THE GLASS, THE NIGHT DEEPENS.

マスターは何を飲む?の代表ビジュアル

Instagramで公開した「マスターの小噺。」Vol.01『マスターは何を飲む?』
短い投稿では語りきれなかった話を、公式サイトのBLOGでもう少しだけ。

今回は、そのLONG VERSIONです。


BARのカウンターに立っていると、ときどきこんなことを聞かれます。

「マスターって、普段は何を飲むんですか?」

ウイスキーでしょうか。カクテルでしょうか。
毎晩仕事が終わったあと、バックバーからお気に入りの一本を取り出して、一杯飲んでから帰る。
そんな姿を想像する人もいるかもしれません。

実際はというと――

ほとんど飲みません。
今は、月に一度くらいでしょうか。

もちろん、新しい酒が入れば味を確認しますし、カクテルを試作すればテイスティングもします。

でも、それは「飲む」というより、味を見るためのもの。
甘味、酸味、苦味。アルコールの刺激や香り。素材同士のバランス。

バーテンダーにとって味覚や嗅覚は、仕事道具のひとつです。
だから今は、必要以上に飲まない。
「舌を整えておくことも、仕込みのひとつ。」
そんなふうに考えています。


■ 昔から飲まなかったわけではありません

とはいえ、若い頃からずっとこんな飲み方をしていたわけではありません。
知人や同僚と、

「これも勉強だから」

なんて言いながら、飲みに出かけることもありました。
知らない酒を飲んで、カクテルを頼んで、作っているところを見る。
何軒かBARを回ることもある。
もちろん、本当に勉強ではありました。
自分がカウンターの中に立っているだけでは分からないことも、客として反対側に座ってみると見えてきます。

ただ――

勉強だったはずなのに、気づいたら朝だった。
……なんて経験が、ないわけでもありません。笑

どこまでが勉強で、どこから普通に楽しく飲んでいたのか。
今となっては、少々怪しいところです。


■ 英国での「勉強」は、だいたい一階にありました

特に印象に残っているのが、英国にいた頃です。

当時、私が暮らしていたのはケンブリッジ。
住んでいた宿舎は、今になって思い返すと、どこかハリー・ポッターに出てくる学生寮のような雰囲気がありました。
そして、その一階にはPub&Barがありました。
夜の食事は、ほとんどそこで。

同じ宿舎には、さまざまな国や地域から来た人たちが暮らしていました。
育ってきた環境も違う。価値観も違う。信仰するものも、宗教も違う。

そんな人たちと食事をして、酒を飲みながら、いろいろな話をしました。
あるとき、こんなことを言われたんです。

「きみはバーテンダーでもあるんだろう? 異国の地に来て、酒の勉強をしないでどうする?」

なるほど。
それはもっともらしい。

……ということで、英国でも始まりました。
勉強という名の飲みが。笑
現地の酒を飲んで、Pubへ行って、BARへ行く。
バーテンダーとして知らない酒に触れられるのですから、もちろん勉強になります。

でも今になって振り返ると、あの頃に学んでいたものは、酒だけではなかったように思います。


■ 酒の勉強をしていたら、聖書を読むことになった

そんな「勉強という名の飲み」の最中にも、いろいろな話をしました。

その中のある人たちと会話をしていると、聖書の中の言葉がよく出てくることに気づきました。
なんとなく意味は分かる。
でも、どうしてその場面でその言葉を使うのか。
その本意までは、どうにも掴みきれない。
知らないまま聞き流すこともできたんですが、せっかくなので勇気を出して聞いてみました。

すると、

「聖書を読んだことがないのか?」

そして、こんなことを言われました。

「教えとしてだけ読むものじゃない。あれは壮大な物語だぞ。世界一のベストセラーだからな」

その言葉には、ハッとしました。
確かに。
宗教という枠だけで考えずに見てみれば、これほど長いあいだ世界中で読み継がれてきた本もありません。
だったら、一度読んでみよう。

そう思って、英国にいるあいだに聖書も読んでみました。
とはいえ、当然ながら全部すんなり理解できるわけではありません。

分からないところがあれば――
またPubで聞く。

「あそこは、どういう意味なんだ?」

酒を飲みながら尋ねると、それぞれが話してくれる。
同じところを読んでいても、受け取り方が少し違うこともある。
それもまた面白い。

酒の勉強をするつもりでPubにいて、人と話していたら聖書を読むことになって、分からないところをまたPubへ持っていく。

これも、まあ……
勉強だったということですね。笑


■ 酒から学んだもの

英国での時間を思い返すと、酒そのものについて覚えたことはもちろんたくさんあります。

でも、それ以上に残っているのは、人との時間なのかもしれません。
生まれた国も違う。
育った環境も違う。
価値観も、信仰も違う。
それでも同じ場所に座って、一杯を飲みながら話すことはできる。

全部を理解する必要もなければ、同じ考えになる必要もない。
知らないことがあったら聞いてみる。
相手の話を聞いて、自分の知らなかった世界を少しだけ覗いてみる。

若い頃の私は「酒の勉強」と言って、ずいぶんいろいろなところへ飲みに行きました。
でも実際には、
酒を通して、人のことを勉強していた時間でもあったのかもしれません。

そして、それはバーテンダーという仕事を20年以上続けている今でも、どこかに残っています。


■ そして今は、月に一度

そんなふうに飲んでいた頃から、ずいぶん時間が経ちました。
今では、仕事以外で酒を飲むのは月に一度くらい。

若い頃のように、

「勉強だから」

と言いながら朝を迎えることも、まずありません。笑

新しい酒が入れば味を見る。
カクテルを作れば確認する。
そして、本当に飲みたいときには飲む。
今の私には、そのくらいの距離がちょうどいいようです。

たくさん飲んで、たくさんの酒を知って。
酒をきっかけに、いろいろな人や文化にも触れてきた。
だからこそ今は、飲まない時間も大切にしています。
いつでもちゃんと味が分かるように。
次にカウンターでつくる一杯を、ちゃんと美味しいと思えるように。

舌を整えておくことも、仕事のひとつです。

今夜もバックバーには、たくさんのボトルが並んでいます。
私が飲むためではなく、
誰かの一杯をつくるために。

さて、今夜も一杯。


MASTER'S KO-BANASHI ARCHIVELONG VERSION|Vol.01

Instagram「マスターの小噺。」で公開した短編をもとに、その背景や、投稿では語りきれなかった話を残していくLONG VERSION。

AquaBar Linden Official Blog

現行公式サイトの掲載内容を収蔵。